平成19院長の挨拶
(開院時の挨拶をそのまま掲載しました。現在の状況とは異なってます)

平成19年6月より、県立尼崎病院・外科部長を辞して、福山医院を継承致すことになりました。

思いおこせば、26年間の医師生活で、いろんな経験をする機会がありました。
研修医時代には全科ローテート研修をしました。今でこそ全科ローテートはめずらしくはありませんが、当時は内科ならずっと内科しか研修しない制度でした。内科も小児科も外科も放射線かもきっちり研修できたのは良い経験でした。この当時から胃・大腸の検査に没頭し、研修医ながら独立して検査枠をこなしてました(通常は研修医は見学しているだけです)。婦人科研修では、急にスタッフが辞めてしまうトラブルがあり、研修が転じて準スタッフとして研修を延長して緊急帝王切開などの治療に参加するはめになりました。その後の三次救急救命センターでの研修で、まさにドラマさながらの「ERの世界」を知り、それが将来進路を決めたきっかけになりました。救急で思いを強くしたのは、すべての疾患を内科とか外科とか問わず素速く、無駄なく治療できる医師になりたいという願望でした。内科医は手術はできないが、外科医は手術ができる。外科医であっても内科の病気もみれるし、放射線科医の仕事もできる。そう考えてました。まさにブラックジャックの世界です。さすがに、この目標は若気の至りで、今から考えるとちょっと無理がありますが、当時はそのような情熱に燃えていました。その後、12年間、僻地医療に参加し、離島での一人診療所も経験しました。診療所では当然ですが、医者は一人しかいなくて、まさに孤立無援の状況です。設備も何でもあるわけではありません。限られた条件の中で最善を尽くすしかない環境でした。これは良い勉強になりました。診療所から病院へ患者を送る医者の気持ちもよ~く解りました。その後、外科医を極めたくなり、県立尼崎病院外科に勤務しました。県立尼崎病院は兵庫県下では最大の県立病院であり、へたな地方の大学病院より症例が多い病院です。ここでは多くの癌手術を行い、大腸癌手術では関西地区の統計で上位にランキングされました。もちろん、他の癌手術も数多く手がけました。高齢化社会を反映して、糖尿病や腎不全、心筋梗塞、喘息、呼吸不全、敗血症など重度合併症患者の手術も多数ありましたが、集中治療室での管理も専門とするところで、率先して重症患者を引き受けました。「逃げない、あしらわない、ごまかさない」をモットーとしてまいりました。外科医が集中治療を得意とするいうもの変ですが、もともと、すべての病気を治療するのを目標にしてましたので、私としてはこれは当然のなりゆきでした。放射線科の仕事もすきで、特に血管造影など、専門職に負けない気概で行ってました。特殊な病気ですが、副腎の静脈サンプリングなどは、内分泌内科より指名されて数多く検査をしていましたが、おそらく、放射線科の専門医でも、これはあまり経験がないでしょう。腹腔鏡下副腎摘出術もよく依頼されてましたが、これも日本のトップクラスの施設と比べても遜色のない成績でした。出血量17ml程度で摘出するなど、血を出さないきれいな手術を心がけていました。そんな流れの中で、人工呼吸器の専門書も出版しています。「人工呼吸器ハンドブック」医学図書出版です。これはなかなかマニアックな専門書で、人工呼吸器を作っている企業サイドのエンジニアのバイブル書になっています。「人工呼吸器ハンドブック」はその後に計3回改定されて、2015年版も医学図書出版より販売されております。もちろんアマゾンでも購入できます。県立尼崎病院では人工呼吸器管理チームの責任者でした。これは院内の人工呼吸器を装着されている全患者をサポートするチームです。心臓外科や外科、呼吸器内科、循環器内科、の患者などが対象です。これらの中には乳児や低体重児も含まれます。人工呼吸管理の啓蒙やサポート、教育などが業務です。

これからは地域医療にも精進します。お気軽に納得のいく医療をお受けください。